3月30日の記事にコメントがあったように、JR西日本などが分割乗車券を発売しないのは、旅規20条の「乗車券類は、その駅から有効なものに限つて発売する」という原則に基づいている。これは常備乗車券を主として発売していた時代の規定であり、平林喜三造「旅客営業規則解説」(中央書院、1962年)は
駅における発売範囲をこのように限定したことは、発売駅における発売能率の向上と乗車券類設備の複雑化を避けるためである。
と書いている。
20条2号に、旅客が所持する券面区間内の駅を発駅とする普通乗車券についての例外規定があるが、平林はこれを次のように解説する。
旅客が乗車券を所持している場合、その乗車券面区間内駅から分岐する新たな別途旅行をすることが始めから分っているときは、旅行開始駅でこの乗車券をすべて発売できることにすれば、旅客にとって極めて便利である。まして車内においては、別途乗車や乗越の取扱ができるのに対し駅ではこれら原乗車券の途中駅からの乗車券が発売できないとすると不均衡であり、特にその別途乗車の区間にわたって手荷物の託送を必要とするような場合もあるために、旅客の所持する乗車券の未使用区間の駅及び途中下車のできる駅を発駅とする普通乗車券(往復・連続乗車券でもよい。)は、その発駅だけに限らず他の駅でも発売できることとしている。
同書刊行時点の20条2号は、「乗車券を所持する旅客に対して、その券面の未使用区間の駅(着駅以外の駅については、途中下車できる場合に限る。)を発駅とする普通乗車券を発売する場合。但し、第250条の規定による乗越の取扱ができる場合を除く。」であった。平林は
しかし、原券の着駅を発駅とする普通乗車券については、乗越の取扱ができるものについては、その取扱のほうが簡便であるのでこの他駅発の普通乗車券の発売をせず、すべて乗越として取り扱うこととしている。
と続ける。
1970年10月の旅規改定で乗車変更制度の大改革があり、使用開始前の乗車券類変更と使用開始後の区間変更などに大別された。乗越は区間変更として、方向変更及び経路変更と統合され、第2号の適用除外から削除された。この時点で、所持する乗車券の着駅以遠に有効な乗車券を原乗車券の発駅で購入できるようになった。20条2号は1970年以降改定されていない。分割乗車券を発売しないJR西日本の駅も、旅客が出札口に何度か並ぶのをいとわず、乗車区間を小分けにして乗車券を購入するのを拒否できない。4回並べば4分割も可能である。
発券業務のIT化によって、旅規20条で他駅発の乗車券発券を制限する必要はなくなった。一方、1966年3月のキロ地帯制の導入や1978年7月の私鉄対抗の区間特定運賃によって、乗車券分割による運賃の逆転区間は大幅に拡大した。JRは、この矛盾を解消すべきであり、これを放置し、20条の厳格適用によって分割購入をしにくくしているのは、本末転倒である。
追記(4月9日):コメントがあったように、20条の条文は「他駅から有効な乗車券類を発売することがある。」である。しかし旅規における「発売する」と「発売することがある」との違いにはあいまいな点がある(最近では2月3日の記事参照)。
つぎ足し方式が可能か確かめてみる価値があるのではないか。例えば、京都駅の指定券券売機で京都・大阪間の乗車券を購入し、出札窓口にこれを提示し大阪・神戸間の乗車券を購入できるか。コメントのように「乗車変更ですね」と言われるかもしれないが、「乗車券類変更では110円高くなってしまうので、旅規20条2号で発券してください」と請求したら、どう答えるだろうか。すくなくともJRの社員に運賃逆転問題を認識させることはできる。
JR東日本管内に居住する筆者は、節約額がわずかであっても、混んでいないときは窓口で分割購入する。窓口の社員に問題を認識してもらうためである。直近の例では、970円区間を4分割して、50円節約した。社員の反応は「安くなるんですか」だった。
なお、以前にも同様なコメントがあった
「運賃の逆転現象」については、キロ地帯を小刻みにするとか、特定区間の運賃設定や犠牲キロ導入などで解決すべき問題であり、「分割購入」とは関係がない問題だと思います。
は、そのとおりである。しかし、この問題が顕在化した1966年のキロ地帯制導入以降、国鉄・JRはまったく対策をとっておらず、逆転区間は拡大している。JRの運賃計算は複雑すぎるに書いているように、
この逆転現象は、これまで述べた運賃計算ルールに内在する矛盾なのだ。分割購入は、このようなルールの矛盾により割高な運賃が課される旅客の自衛手段である。
であり、JRが旅規を厳格適用して、この自衛手段を奪っていることを問題にしているのである。
運賃逆転現象について最初に指摘したのは、漢文学者で、国鉄のモニターも務めていた長澤規矩也教授と思われる。50年前に刊行された「大改正 旅の入れぢえ」(真珠書院、1967年)から、該当部分を引用しておく。
以前、運賃計算の結果を四捨五入していた当時、四捨区間のみで打ち切って、別々に買うと、合計額が通算額よりも安くなっていたので、われわれはモニターとして、「切符は目的地まで」という標語に合わないとし、一〇円未満の切り上げを主張して、合理的運賃になった。
ところが、四十一年の改正で、は数切り上げはそのままながら、キロ程計算を次のように*1定めたため、また不合理になった。こんな小細工をするものだから、現場が処理にこまってしまうのである。こういうことは、制度屋の遊戯で、客が十分にこれを知ると、運賃を安くするために、乗り越しが多くなり、現場の手間がよけいにかかる。(後略)
*1:引用部分の後、51キロ以上のキロ地帯制の規定(77条2項)を紹介