地下鉄の荷物輸送

見逃していた日経の8月21日の記事

札幌市の地下鉄物流実験、9月初めに開始
 札幌市は20日、市営地下鉄で計画していた物流実験の詳細を発表した。9月初めから2週間、厚別区と市中心部の配送拠点を結ぶヤマト運輸のトラック輸送のうち、1日当たり3回分を地下鉄に切り替える。安全性や二酸化炭素(CO2)の排出削減効果を調べ、利用を拡大した場合のシミュレーションなどに生かす。
 ヤマト運輸や建設コンサルティングのドーコン(札幌市)などでつくる「都市型新物流システム研究会」と共同で実施する。地下鉄の乗車区間東西線の新さっぽろ―大通駅間。午前10時半と午後1時半の2回、車両の前方と後方にある車いす専用のスペースに荷物を載せる。1日当たりの輸送量は4トントラックで2〜3台分という。
 安全面にも配慮し、台車は実験用に改良。レバーを握ると動き、離すと止まるようにした。乗客の乗り降りの邪魔にならないよう、脱輪防止装置もつけた。ヤマト運輸の配送員には2〜3回のガイダンスを実施し、1回の輸送には最大8人の配送員を充てる。

これを読んで思い出したのが営団地下鉄もかつて手荷物の取扱をしていたという話。8月12日の記事で紹介した「地下鉄運輸50年史」によると、

昭和7年4月に国鉄と連絡運輸を実施する際に、国鉄との連絡運輸は手荷物の取扱が条件になって居たので、余儀なく国鉄との連絡旅客には、連絡範囲に限り手荷物を取扱うことになった。
実際的には浅草駅だけ取扱い、改札口附近に3.3平方米程度のボックスを置き、その中に計量台を始め、無賃及び有賃の手荷物切符や、荷物配達区域表を設備した。荷物取扱所の看板は小さな札のため目立たなかったためか、忘れた頃に受託があり、その都度駅手がかついで多くの客が乗る電車に混乗して国鉄上野駅まで運搬した。

連絡運輸開始後4年間に発送は4個、着は皆無。その後も非取扱の状態が続き、昭和25年に国鉄との連絡運輸契約を改正、運輸省の認可も得て手荷物の取扱を廃止したという。
国鉄の荷物輸送は、手荷物と小荷物があった。手荷物は、乗車券を提示して、携行できない「旅客自用の物品」を託送するもの。「運輸上支障がない限り、旅客の乗車船する列車等によつて運送」した。宅配便が普及する以前は、進学・就職や帰省等の際よく利用された。1958年の旅客及び荷物運送規則によると、30キロまでは115円、30円の手数料で定められた区域への配達も行った。戦前は、無賃の手荷物受託もあったのだろうか。一方、小荷物は旅客輸送とは関係なく、新聞・雑誌等定時輸送が要求される小口の貨物を旅客列車の荷物車や荷物室で運送するもの。
鉄道の荷物輸送を壊滅させたヤマト運輸札幌市営地下鉄と共同で、鉄道による新たな荷物輸送を始めるというのは、興味深い。